八重垣神社
このページでは、八重垣神社について記述しています。
神社紹介
【オノコロ島と呼ばれた渡鹿野島】
渡鹿野島は、『神書』という古文書の『自凋島(おのころじま)五社太神記録』に掲載されています。
時は
432年。履中(りちゅう)天皇崩御後、仁徳天皇の第三王子が第18代反正天皇として即位しました。しかし、都で異変が続出した為、天皇が神に祈願したところ「オノコロ島の五社太神をおろそかにしているのでしっかり祈るように」とお告げがあり、オノコロ島(渡鹿野島)に「木菟(つく)の臣」(天皇の臣下)を派遣し、五社太神を改めて祀ったところ平穏な都に戻ったされています。この五社太神は明治まで渡鹿野神社(今の八重垣神社)に祀られていました。
八重垣神社は、元は渡鹿野神社と称し古くから存在しています。
現在は須佐之男命(スサノオノミコト)別名「牛頭天王」をお祀りしています。
八重垣神社とは?
八重垣神社は、疫病や水害から守ってくれる他、多くの願い事を叶てくれると言われています。
境内にはハート型の絵馬が奉納できます。
天王祭
牛頭天王の大好物の胡瓜もみが料理されいます。(左下写真)
7年に一度、御輿を乗せて島を一周する御船です。(右下写真)
天王祭その2
何度も神輿練りを繰り返した後、御輿は浜通りの鎮座に収められます。